かりるーむ株式会社

2018-10-28 仕事も家庭も恋人も大事?~映画に見る社会 ミッドナイト・バス

話題の映画から現代社会をウォッチング written by
塩こーじ

【添乗員のほっとするひととき】
 いきなり個人的な話ですが、ぼくはライター業を始める前、旅行会社で添乗員をしていた時期があります。
 といっても海外を股にかけて華々しく飛びまわるわけではなく、安・近・短の日帰りバスツアーや温泉一泊みたいな旅行ばかりでしたが、新潟の花火大会だとか秋田の竿灯(かんとう)、秩父祭りのような夜祭り見物のツアーもよく同行しました。
 たいていは日帰りツアーなので、お祭りが終わったらそのままバスに乗り込んで、深夜の高速道路をひた走って帰途につくのです。お祭り会場を出発したバスはすぐに消灯し、お客も旅の疲れでみんな寝静まってしまいます。真っ暗な車内で窓の外の夜景を眺めながらiPodで音楽を聴いていたのが、ハードな仕事の中でつかの間の息抜きだったような記憶があります。

 映画『ミッドナイト・バス』を観ていたら、そんな添乗員だったころを思い出しました。

【主人公は新潟の長距離バスの運転手】
 伊吹有喜の長編小説を原作とするこの映画の主人公は、東京と新潟を結ぶ長距離高速バスの運転手。池袋の駅前と新潟とを関越道でひと晩かけて往復するのが彼の仕事です。
 地元の新潟には別れた妻とのあいだにできた息子と娘、東京にも順調に交際中の彼女がいます。
 新潟から池袋に着いて業務が終わると彼女がいとなむ小料理屋に寄り、そのままお泊まりしたりする、静かで穏やかな関係が続いています。そのときだけは離婚の痛手や生活の重みから、つかの間解放されるのです。

 映画では主人公の運転手を、最近は芸人だけでなく役者の仕事も多い原田泰造、その恋人を小西真奈美が演じています。

【トンネルをはさんだ二重生活】
 関越道の途中、群馬と新潟の境には関越トンネルがあります。全長11キロの長いトンネルで、このトンネルをくぐると太平洋側と日本海側でがらりと天候が変わったりするのを、僕も添乗員時代よく経験しました。
 県境のトンネルといえば川端康成の『雪国』です。「国境の長いトンネルを抜けるとそこは雪だった」という出だしが有名ですが、関東は晴れていても関越トンネルを抜けたら大吹雪みたいなことがよくありました。
 『ミッドナイト・バス』の主人公の場合はトンネルをくぐると、まるでお天気が変わるように父親からひとりの男に変身したり、逆にひとりの男から父親へと戻ったりするのです。

 

【現代人は誰もがいくつもの顔を持っている】

 この映画のポイントは主人公の二重生活ぶりにあるといえそうです。

 二重生活と聞くと「表の顔とウラの顔を使い分ける犯罪者」みたいなサスペンスっぽい展開を連想しがちです。でも『ミッドナイト・バス』の主人公はひたすら心優しく、東京と新潟を往復しながら恋人と子供たちのあいだで揺れ動きます。

 仕事が見つからない息子やご当地アイドルの活動に夢中の娘を案じる一方で、東京の恋人との関係も大事にしたい。そこへ別れた妻までも現われて……


 この映画の主人公だけでなく、現代では誰もが多かれ少なかれ二重生活を送っているといえます。二重人格を上手に使い分けないと、複雑な世の中を生きていけません。家庭の顔、会社での顔をマスクのように付けかえて、どうにか日々を暮らしているのです。

 映画の主人公の場合は東京と新潟。普通のサラリーマンだったら通勤電車で一、二時間の距離。
両者は一見まるで違って見えますが、やっていることは似たようなものでしょう。僕たちはそれぞれの場において別々の仮面をかぶり、異なる人格を演じているのです。

【新潟をPRする地域映画】
 この映画はまた、新潟のPR的な役割も大きく果たしています。

 佐渡ヶ島や笹だんごなど、新潟の名所や名物がさりげなくスクリーンに登場します。主人公の家は玄関が二重になった雪国独特の構造です。

 東京での場面のほとんどが、恋人が切り盛りする路地裏の小料理屋なのに対し、新潟では物語の背景にはビルが立ち並び、むしろ東京より都会的な印象すら感じられます。
 新潟のPR映画として、発展する地方都市という一面をアピールしているのかもしれません。もちろん自然豊かな雪景色も描かれます。

 最近は映画で地域をPRする動きが強まり、地元の観光名所をロケに使い、名物が登場する作品も多くつくられています。映画がヒットすれば観光客が増えるのはもちろん、地域のイメージアップにも大きく貢献します。作品のファンが「聖地巡り」するのも流行っていて、地元への集客に大きな役割を果たしています。

 ただし『ミッドナイト・バス』は、都会からのUターンや実家の整理、高齢者問題といった地方が抱える現実も織り込み、作品に陰影を与えています。

 映画はとてもていねいに、真面目につくられている印象です。主演の原田泰造もシリアスな役柄を好演していますが、それだけにセリフまわしや芝居のテンポが重々しく、上映時間2時間半は個人的にちょっとしんどかったです。また小説を読んでいないと人間関係がわかりにくいかもしれません。

【味わい深い原作も一読を】
 伊吹有喜の原作は第151回直木賞の候補にもなりました。家族のつながりや父親の思いを切々と描いた作風は、やはり『ビタミンF』で直木賞を受賞した重松清と共通したものを感じます。

“夜明けの前の薄闇を走っていると、これまでの人生を振り返ってしまう。そして選ばなかった人生のことを考える”

“働き続けることの先に何があるのか。身を削って働いた先に何があるのだろうか”

 原作にはそんな主人公の心のつぶやきが行間からのぞきます。映画では削られていたバスに乗り合わせた乗客たちのエピソードも出てきますので、秋の夜長に読んでみてはいかがでしょうか。

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映画に見る社会④『ミッドナイト・バス』 

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